東京高等裁判所 昭和34年(ナ)13号 判決 1960年3月11日
原告 小林祐助
被告 神奈川県選挙管理委員会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、昭和三十四年四月三十日執行の横須賀市議会議員選挙の当選の効力に関し被告が同年九月十五日した訴願棄却の裁決を取消す、右選挙における中島長八の当選を無効とする、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
一、原告は昭和三十四年四月三十日執行の横須賀市議会議員選挙における候補者であるが、右選挙においては原告のほか八十二名が立候補し、開票の結果竹内清ほか四十三名が当選し、その当選人のうち第四十三位当選人石渡栄治の総得票数は一七〇二・六八九票、第四十四位即ち最下位当選人中島長八の総得票数は一七〇一・八五五票となり、原告の総得票数は一七〇一票で次点者となつた。そして当時右当選人等につき当選の告示がなされた。原告は昭和三十四年五月十四日横須賀市選挙管理委員会に対し右中島長八の当選の効力に関する異議の申立をしたが、同年六月十日右異議申立棄却の決定があつたので、更に同年七月一日被告委員会に訴願を提起したところ、被告委員会は同年九月十五日右訴願棄却の裁決をし右裁決書はその頃原告に送達された。
二、しかし被告委員会のした右裁決は次の点で違法である。
(一) 右選挙において開票区は第一ないし第五開票区の五個所に設けられたが、右のうち第二開票区を除いた第一、第三ないし第五開票区の四個所の開票区で開票された投票中、単に「中島」と候補者の氏のみを記載した投票が合計三十三票あつた。投票用紙に記載すべき候補者の氏名は、それが候補者の何人に投票したかを確認し得る限り必ずしも氏と名を併記しなければならないものではないが、本件選挙においては中島の氏を称する候補者は前記中島長八のほかに中島武男があるので、このような場合は中島の氏のほかに名を併記しない限り単に中島の氏を記載したのみではその投票は候補者中島長八に対してしたものか中島武男に対してしたものか選挙人の意思は全く不明である。従つてこの場合は公職選挙法第六十八条第七号にいわゆる候補者の何人を記載したかを確認し難いものに該当するものといわなければならず、右投票はこれを無効とすべきものである。もつとも同法第六十八条の二には、同一の氏名、氏又は名の候補者が二人以上ある場合において、その氏名、氏又は名のみを記載した投票はこれを有効とし、開票区ごとに当該候補者のその他の有効投票数に応じて按分し、それぞれこれに加えるものとする旨の規定があるが、右規定は、国民の選挙権を保障し従つて選挙に当つて選挙人の意思は十分尊重さるべく寸毫も揣摩臆測を許すべきでないものとした憲法第十一条第十五条の規定に違反するものといわなければならないから、右公職選挙法第六十八条の二の規定はこれを無効というべきである。しかるに右第一、第三ないし第五開票区の四個所の開票区においては右「中島」と氏のみを記載した三十三票を右公職選挙法第六十八条の二の規定を適用して有効とし、右四個所の開票区ごとに候補者中島長八と中島武男のその他の有効投票数に応じて按分しそれぞれこれに加えたのであつて、右三十三票が按分された割合は中島長八に二七・八五五票、中島武男に五・一四一票であり、その結果中島長八の本件選挙における総得票数は本来の有効投票一六七四票のほかに右按分によつて加算された二七・八五五票を加え前記のように一七〇一・八五五票となつたものである(なお、若し右法条の規定を適用すべきものとすれば右三十三票の按分及び得票数の計算が右のとおりになるものであることは争わない)。しかし右三十三票は前記のように無効投票とすべきものであるから、右中島長八の総得票数は右按分加算にかかる二七・八五五票を除いた一六七四票となるべきものである。
(二) 次に、前記第二開票区における無効投票中には、原告の氏名「小林祐助」と記載したその上部に横書で「必勝」の二字を記入したものが一票あつた(乙第一号証)。しかし右「必勝」の字句は、原告に対する人格の敬慕尊崇の表象と認むべきであるから、公職選挙法第六十八条第五号但し書にいわゆる敬称の類を記入したものに該当すると解すべきである。従つて右一票は原告に対する有効投票とすべきものであり、これを前記原告の総得票数一七〇一票に加えると、原告の総得票数は一七〇二票となるべきものである。
以上(一)及び(二)によると、前記中島長八の本件選挙における総得票数は一六七四票であり、原告のそれは一七〇二票であるから、右中島長八は原告より下位となつて当選せず、従つて同人の当選はこれを無効とすべきものである。
(三) なお、被告委員会のした前記裁決は次の点でも違法である。即ち、前記原告のした当選の効力に関する異議の申立に対する横須賀市選挙管理委員会の決定書には末尾に同委員会委員長石井浅吉の記名捺印があるのみであり、同じく原告のした訴願に対する被告委員会の裁決書には末尾に被告委員会委員長柳川澄の記名捺印があるのみに過ぎない。しかしこれらの決定書又は裁決書の作成については、公職選挙法第二百十九条により民事訴訟法第百九十一条の規定が適用されるべきものと考えるから、その決定又は裁決をした出席委員の全員が署名捺印すべきものと解する。しかるに右決定書及び裁決書の記載からみると、いずれも委員長の記名捺印があるに過ぎないから、各委員が出席して決定又は裁決をし決定書又は裁決書を作成したものとは認められない。仮に各委員が出席して決定又は裁決をし決定書又は裁決書を作成したものとしても、右決定書又は裁決書は出席委員の署名捺印を欠くものであるから無効というべきである。従つて被告委員会のした裁決は違法であることを免れない。
三、以上により原告は被告に対し前記裁決の取消及び中島長八の当選無効の宣言を求めるため本訴請求に及んだ。
被告は、請求棄却の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
一、原告主張の一の事実はこれを認める。
二、原告主張の二の事実のうち、
(一) 公職選挙法第六十八条の二の規定が原告主張のように憲法第十一条第十五条の規定に違反する無効の規定であることはこれを否認する。従つてこの点を前提とする原告の主張はこれを争う。その余の原告主張の事実はこれを認める(もつとも原告主張の単に「中島」の氏のみを記載した三十三票のうちには、厳密にいえば、「中島」のほか「中じま」「なかじま」「ナカジマ」等と記載した投票も含まれているのであるが、これらはいずれも中島の氏のみを記載した投票であることには変りない)。右公職選挙法第六十八条の二の規定は、同一の氏名、氏又は名の候補者が二人以上ある場合において、その氏名、氏又は名のみを記載した投票は、その候補者のいずれかに投票したことが明かなのであるから、その投票全部を無効とするよりもこれを有効として当該候補者のその他の有効投票数に応じて按分しこれに加えるのが選挙人の意思を尊重する所以であるという趣旨で定められたものである。従つて右規定は何等憲法の規定に違反するものではなく、本件において被告委員会が右規定を適用して有効投票数を計算すべきものとしたことに違法の点はない。
(二) 本件第二開票区における無効投票中に原告の氏名「小林祐助」と記載したその上部に横書で「必勝」の二字を記入した投票が一票(乙第一号証)あつたことはこれを認めるが、右投票の効力に関する原告の主張はこれを争う。右投票に記入された「必勝」の字句は、通常、人を激励し且勝利を祈念確信する場合に使用されるものであるから、これを公職選挙法第六十八条第五号但し書にいわゆる敬称の類を記入したものと解することはできず、同条同号本文にいう他事を記入したものというべきである。従つて被告委員会が右投票を無効とすべきものとしたことに違法の点はない。
(三) 原告のした本件当選の効力に関する異議の申立に対する横須賀市選挙管理委員会の決定書には末尾に同委員会委員長石井浅吉の記名捺印があるのみであり、同じく原告のした本件訴願に対する被告委員会の裁決書には末尾に同委員会委員長柳川澄の記名捺印があるのみであることはこれを認めるが、これを違法とする原告の主張はこれを争う。これらの決定書又は裁決書の作成については原告主張のように民事訴訟法の規定を適用すべきものとする規定はないのであるから出席委員の全員の署名捺印を必要とするものではない。ただ公職選挙法第二百十五条の規定によればこれらの決定又は裁決は文書をもつてすべきものとされているのであり、その文書の形式は通常選挙管理委員会で用いられる文書形式を備えていれば足りるものである。従つて右決定書又は裁決書はそれぞれ委員会の代表者の記名捺印がある以上その委員会作成の文書として有効なものであることは明かである。右決定又は裁決が各委員出席の下になされた適法なものであることはいうまでもない。この点の原告の主張は理由がない。
三、以上により原告の本訴請求は失当である。
(証拠省略)
理由
一、原告主張の一の事実は当事者間に争がない。
二、原告主張の二の点についてみるに、
(一) 本件選挙において開票区は原告主張の第一ないし第五開票区の五個所に設けられたが、右のうち第二開票区を除いた第一、第三ないし第五開票区の四個所の開票区で開票された投票中単に「中島」と氏のみを記載した投票が合計三十三票あつたこと、本件選挙において中島の氏を称する候補者は中島長八と中島武男の二人があつたこと、右四個所の開票区においては右「中島」の氏のみを記載した三十三票をそれぞれ公職選挙法第六十八条の二の規定により有効としこれを開票区ごとに中島長八と中島武男の其の他の有効投票数に応じて按分しそれぞれこれに加えたこと、右三十三票が按分された割合は中島長八に二七・八五五票、中島武男に五・一四一票であり、その結果中島長八の本件選挙における総得票数は本来の有効投票一六七四票のほかに右按分によつて加算された二七・八五五票を加え原告主張のように一七〇一・八五五票となつたものであることは、いずれも当事者間に争がない。
原告は、右の公職選挙法第六十八条の二の規定は憲法第十一条第十五条の規定に反し無効である旨主張する。しかし同一の氏名、氏又は名の候補者が二人以上ある場合において、その氏名、氏又は名のみを記載した投票は、その候補者のいずれかに投票する意思が明かなものと解するのがむしろ相当といえるのであつて、これを候補者の何人を記載したかを確認し難いものとするのは必ずしも相当といい得ないから、このような投票を有効とし、開票区ごとに当該候補者のその他の有効投票数に応じて按分しこれに加えることは、むしろ選挙人の意思を尊重しその投票を有効とすることに努める所以であるといわなければならない。右公職選挙法第六十八条の二の規定は右のような趣旨で定められたものであるからこれを原告主張のように憲法の規定に違反する無効なものということはできない。そして右公職選挙法第六十八条の二の規定を有効なものとする限り、同規定により前記三十三票を有効とし、その按分及び候補者の得票数の計算をした結果については原告もこれを認めるところである。よつてこの点に関する原告の主張はこれを採用することができない。
(二) 右第二開票区における無効投票中に、原告の氏名「小林祐助」と記載したその上部に横書で「必勝」の二字を記入した投票が一票(乙第一号証)あることは当事者間に争がない。
原告は、右「必勝」の字句は公職選挙法第六十八条第五号但し書にいわゆる敬称の類を記入したものに該当するから右投票は原告に対する有効な投票である旨主張する。しかし右「必勝」の字句はその語義及び通常の用語例からみてこれを右の敬称の類に属するものとは認め難いから、右投票は原告の氏名のほか他事を記載したものとして無効なものというべきである。従つて右投票の有効なことを前提とする原告の主張はこれを採用することができない。
(三) 原告のした本件当選の効力に関する異議の申立に対する横須賀市選挙管理委員会の決定書には末尾に同委員会委員長石井浅吉の記名捺印があるのみであり、同じく原告のした本件訴願に対する被告委員会の裁決書には末尾に同委員会委員長柳川澄の記名捺印があるのみであることは当事者間に争がない。
原告は、これらの決定書又は裁決書の作成については公職選挙法第二百十九条により民事訴訟法第百九十一条の規定が適用されるべきものである旨主張するが、公職選挙法第二百十九条は選挙関係の訴訟に対する訴訟法規の適用を規定したもので異議訴願に関して規定したものでないことはいうまでもなく、従つて右決定書又は裁決書の作成について民事訴訟法の適用のないことはまたいうまでもないところである。従つてその決定書又は裁決書の作成については原告主張のように決定又は裁決をした出席委員の全員の署名捺印を必要とするものではなく、右委員会を代表する委員長の記名捺印があれば足りるものというべきである。原告は、前記決定書又は裁決書にはそれぞれ委員長の記名捺印があるに過ぎないところからみて、これらの決定又は裁決は各委員が出席して決定又は裁決をし決定書又は裁決書を作成したものとは認められない旨主張するが、決定書又は裁決書の作成については出席委員の全員の署名捺印を必要とするものではなくその委員会を代表する委員長の記名捺印をもつて足りるものであることは前記のとおりであるから、この点から原告主張のような推測をし得るものではない(原告は右委員長の記名捺印しかない点から推測して右のような主張をするものであつて他の根拠から右の主張をするものでないことはその弁論の全趣旨から明かなところであるが、仮にそうでないとしても成立に争のない甲第二号証、乙第二号証を綜合して右決定又は裁決に原告主張のような違法のないことが認められる)。よつてこの点の原告の主張もこれを採用するに足らない。
三、以上により原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 薄根正男 村木達夫 元岡道雄)